人は失敗を恐れていると思っていた。
でも、自分を観察してみると違った。
本当に怖かったのは、
失敗そのものではなく
「他人からどう見られるか」だった。
最近、ジモティーに不用品を出そうと思っていました。
やることは簡単です。
写真を撮る。
説明を書く。
投稿する。
それだけです。
でも、なかなか手を付けられませんでした。
「面倒だからかな」と思っていましたが、少し違う気がしました。
そこで、自分の気持ちを観察してみました。
投稿しようと思ったとき、こんなことを考えていました。
「変な人が来たらどうしよう」
「騙されたらどうしよう」
「全然問い合わせが来なかったらどうしよう」
まだ何も起きていないのに、不安ばかり考えていました。
私は昔から、
「失敗するのが怖い」
と思っていました。
でも今回、改めて考えてみると、本当に怖いのは失敗ではない気がしました。
以前、デザイナーさんと仕事をしたことがあります。
当時の私は経験も少なく、デザインの知識も十分ではありませんでした。
そのとき、フォントの違いに気づけず、厳しく指摘されたことがあります。
今思い出しても少し苦い経験です。
でも、よく考えると私は失敗したことより、
「怒られたこと」
「ダメだと思われたこと」
の方を強く覚えていました。
逆に、こんな経験もあります。
デザインの完成イメージがあいまいな案件でした。
正解が分からない状態です。
そこで私は、サイト全体の雰囲気を見ながら、自分なりに考えて作りました。
少し不安でしたが、そのまま修正もなく納品できました。
結果として、やってみたら大丈夫でした。
ここで一つ気づきました。
もしかすると、人は失敗そのものを怖がっているのではないのかもしれません。
本当に怖いのは、
「失敗した自分をどう見られるか」
ではないでしょうか。
期待に応えられなかったらどうしよう。
ガッカリされたらどうしよう。
信頼を失ったらどうしよう。
そんなことを考えてしまいます。
私の場合、失敗よりも他人の評価の方が怖かったようです。
最後に、自分に質問してみました。
「もし絶対に失敗しないとしたら、何をする?」
すると答えはすぐに出ました。
営業です。
地元の会社に会いに行く。
制作会社に会いに行く。
デザイン会社に会いに行く。
もっと人と話したい。
もっとつながりたい。
本当はそう思っていました。
今回の研究で、一つの仮説が生まれました。
仮説
人は失敗を恐れているのではない。
正確には、
「失敗した自分が他人にどう見られるか」
を恐れている。
だから挑戦を止めるべきではなく、
他人の評価を自分の価値と結びつける思考を疑う必要がある。
この仮説が正しいかどうかは、まだ分かりません。
でも、自分を観察してみると、そんな気がしています。
次の研究テーマ
「人はなぜ他人の評価を気にしてしまうのか」
について考えてみようと思います。
3310Lab 研究ノート No.001
