Web哲学

人はなぜ他人の評価を気にしてしまうのか

ここでは、

「人はなぜ他人の評価を気にしてしまうのか」

という問いを、自分自身の体験を材料に観察した。

観察の結果、

「評価が怖い」のではなく、
「自分の意思を伝えた後の反応が怖い」

という仮説にたどり着いた。

私はずっと、

「人は失敗が怖いから行動できない」

と思っていた。

でも、自分を観察してみると少し違った。

SNSで顔見知りの人を見つけても、友達申請を送れないことがある。

送ったあとに、相手に

「うわ、来たよ」

と思われる気がするからだ。

また、話しかけたい人がいても、言葉を選びすぎて結局話しかけられないことがある。

大人数の会話でも、

話に入りたいと思いながら、タイミングを逃してしまう。

学生時代には、嫌なことをされても「やめてほしい」と言えなかったことがあった。

本当は嫌だった。

でも周りの目が気になった。

特に、好きな子が近くにいたことを覚えている。


これらの出来事を振り返っていて気付いた。

私は「失敗」を恐れていたわけではなかった。

友達申請を送ること自体は失敗ではない。

話しかけることも失敗ではない。

「やめてほしい」と言うことも失敗ではない。

怖かったのは、

そのあと相手がどう反応するかだった。

つまり、

私は他人の評価を恐れていると思っていたが、

実際には、

自分の意思を伝えたあとの反応を恐れていた。


仮説

人は他人の評価を気にしているように見える。

しかし本当は、

評価そのものではなく、

自分の意思を表明した結果を恐れているのかもしれない。

友達申請を送る。

話しかける。

会話に入る。

嫌なことに「嫌だ」と言う。

どれも、自分の意思を外に出す行為だ。

そして私たちは、

意思を出すことよりも、

その後の反応を想像して行動を止めているのかもしれない。


次の研究テーマ

人はなぜ、自分の意思を表明することを恐れるのか

その恐れは、過去の経験から生まれるのだろうか。

それとも、人間に元々備わっている性質なのだろうか。

もう少し自分を観察してみたい。


3310Lab 研究ノート No.002