研究ノート

人は否定したいんじゃなくて、検討したいのかもしれない

自分には、物事を否定から入る癖がある。

誰かから何かを提案されたとき、新しいものを知ったとき、「いいね」と受け入れるよりも先に、「本当に必要?」「それってどうなんだろう?」と考えてしまう。

これはなぜなんだろう。

過去に何かを鵜呑みにして、苦い経験をしたからなのかもしれない。
逆に、一度疑って考えたことで、何かを回避できた成功体験があるのかもしれない。

理由はよく分からない。

ただ、最近ひとつ気づいたことがある。

自分は「否定したい」のではなく、単純に「検討したい」のかもしれない。

目次
(※クリックで開閉します)
  1. 否定ではなく、検討している
  2. 自分は、その先まで見すぎる
  3. 思考の癖を変えるより、言葉をひとつ挟む
  4. 仮説

否定ではなく、検討している

何かを言われたとき、自分の頭の中ではすぐに検討が始まる。

「本当に必要なのか」
「他の方法はないのか」
「これをやったら、その先で何が起きるのか」

そうやって一度立ち止まって整理する。

ところが、この「検討」の途中で出てくる言葉だけを切り取ると、否定に見える。

最近、娘から「欲しいものがある」と相談された。

自分はまず、

「え、なんで?」

と聞いた。

ここまではいいと思う。
理由を知りたいのだから。

ただ、その後すぐに、

「それ、いらないんじゃない?」

という方向に話を持っていってしまった。

今振り返ると、結論を出すまでが少し早かった。

自分は、その先まで見すぎる

なぜ「いらないんじゃない?」と思ったのか。

単純にお金がもったいないとか、その物が不要だと思っただけではない。

自分の中には、

「必要以上に多く持つ必要はない」
「物が増えることで、一つひとつを大切に扱わなくなるかもしれない」

という価値観がある。

だから娘が「欲しい」と言った瞬間に、

物が増える。

扱いが雑になるかもしれない。

物を大切にしない習慣につながるかもしれない。

と、その先まで勝手に考えていたのだと思う。

もちろん、本当にそうなるかは分からない。

それでも自分の頭は、そこまで先回りして考えてしまう。

これは良いとか悪いとかではなく、自分の思考の癖なんだと思う。

そして問題は、その思考そのものではない。

頭の中では何段階も検討しているのに、相手には途中の工程が見えていないことだ。

相手からすれば、

「欲しい」

と言ったら、いきなり

「いらないんじゃない?」

と返ってきたように見える。

それなら「否定された」と感じても不思議ではない。

思考の癖を変えるより、言葉をひとつ挟む

では、この癖をどうしたらいいんだろう。

考えないようにするのは、たぶん違う。

先のことまで考えるのも、必要性を疑うのも、自分の特徴だからだ。

それなら、考え方を変えるよりも、口に出す言葉を少し変えたほうがいいのかもしれない。

そこで思い出したのが、

「個人的には」

という言葉だった。

昔の自分は、この言葉をよく使っていた。

「個人的には、そこまで必要ないと思う」
「個人的には、こういうところが少し気になる」

今思うと、結構いい言葉だったのかもしれない。

これは正解ではなく、あくまで自分の考えですよ、と最初に宣言できるからだ。

さらに、

「個人的にはこう思ったんだけど、どう?」

まで言えれば、もっといい。

これなら否定ではなく、検討材料のひとつとして自分の意見を出せる。

考え方を変えるのではなく、伝え方を整える。

しばらく意識して使ってみようと思う。


仮説

人が「否定から入る」とき、本当に相手を否定したいとは限らないのかもしれない。

自分の経験や価値観をもとに、その選択によって起こりそうなことを先回りして考えている。

つまり、本人の中では「否定」ではなく「検討」が行われている。

ただ、その検討の過程は相手には見えない。

考えた結果だけを口にすれば、それは否定として伝わってしまう。

だとすれば、

否定癖を直すために必要なのは、考え方を変えることではなく、頭の中の検討過程を少しだけ言葉にすることなのではないだろうか。

「個人的には」
「自分はここが気になった」
「こういう可能性もあると思ったんだけど、どうだろう」

そんな一言を挟むだけでも、否定は「一緒に考えるための意見」に変わるのかもしれない。


3310Lab 研究ノート No.009